琢磨3位、日本人14年ぶりの表彰台!優勝はM・シューマッハ
 【インディアナポリス(米インディアナ州)20日共同】自動車のF1シリーズ第9戦、米国グランプリ(GP)は20日、当地で73周(1周4・192キロ)の決勝を行い、佐藤琢磨(BARホンダ)が3位に入り、日本人ドライバーとして14年ぶり、海外GPでは初の表彰台に立った。これまでは1990年に日本GPで鈴木亜久里(ローラ・ランボルギーニ)が3位に入ったのが日本人として唯一の表彰台だった。
 レースは10台がリタイアし、1台が失格となる波乱の展開。3番手スタートの佐藤は一時10位前後まで落ちたが盛り返し、終盤にヤルノ・トゥルーリ(イタリア、ルノー)との競り合いを制して3位に入った。
 ミヒャエル・シューマッハー(ドイツ、フェラーリ)が1時間40分29秒914(平均時速182・698キロ)で優勝し、今季8勝目、通算78勝目を挙げた。
 ほかの日本勢はオリビエ・パニス(フランス、トヨタ)が5位、ジェンソン・バトン(英国、BARホンダ)とクリスティアーノ・ダマッタ(ブラジル、トヨタ)はリタイアした。
〔写真:3位に入り、シャンパンを手に喜ぶ佐藤琢磨(AP=共同)〕

◆攻めの姿勢は衰えない-快挙にも頂点見つめる佐藤
 佐藤は日本人として14年ぶりに足を乗せる表彰台に飛び乗ると、何度もこぶしを握り締め、スタンド、そしてチームスタッフに笑顔を向けた。
 「プッシュし続けて、こうした結果を残すことができた」。快挙は持ち前の攻撃的な走りでつかんだ。クラッシュが相次ぎ、セーフティーカーが2度も入る序盤の混乱の中、1度目のピットストップで大きく順位を下げた。だが、ここからが見せ場。接触すれすれでも構わずアクセルを踏み、次々と前の車を抜く。62周目、トゥルーリとの競り合いでは両者ともにコースアウト。だが、芝の上でも速度を緩めず、執念で3位に上がった。
 エンジンの故障から3戦連続でリタイアとなり、いつもの明るい表情が曇ったのは、つい1週間前のカナダGPだった。それでも自分のスタイルは変えなかった。「メカニックや、日本のエンジニアがすごくよくやってくれた」。自転車選手から転向し、単身で英国に渡ったのが1998年。世界各国の記者が集まる会見でも流ちょうな英語で感激を伝えた。
 圧倒的強さを示しているフェラーリの2台には差をつけられた。だが、今季の残り9レースを見つめ「まだシーズンは前半。折り返してからも頑張り続けます」。まだ抜くべき相手がいる。佐藤の「攻め」は頂点に立つまで衰えない。(共同)
〔写真:日本人として14年ぶりに3位に入った佐藤琢磨のマシン(AP=共同)〕

◆強豪にも気後れしない-攻撃的なレース運びの佐藤
 14年ぶりに自動車F1シリーズの表彰台で掲げられた日の丸が、陽光を浴びてくっきり浮き上がった。20日、米インディアナ州インディアナポリスで行われた米国グランプリ(GP)で佐藤琢磨(BARホンダ)が3位に入った。
 ピット回数など戦略が順位を左右するレースが増える中、佐藤は「前の車を追い抜く」本能的ともいえるドライビングが持ち味。モナコGPではスタート直後にM・シューマッハー(ドイツ、フェラーリ)と前輪を接触させ、はじき飛ばすようにして前へ出た。欧州GPでは3位確保に思えた終盤に2位を狙ってバリチェロ(ブラジル、フェラーリ)と接触するなど、強豪に気後れしない走りで、海外メディアから「エンターテインメントだ」と評される存在感を示した。
 日本人ドライバーの表彰台は、鈴木亜久里(ローラ・ランボルギーニ)が3位になった1990年日本GPの1度だけだったが、この時は優勝候補が次々とリタイア。その鈴木氏が「わたしはほかの車がクラッシュしてうまくいった。今の佐藤とチームの状態なら自力で上がれる」と今季序盤から予想していた。
 「フェラーリとの差も徐々に詰まってきている」。圧倒的な強さで首位に立つフェラーリ勢を向こうに回し、米国GPではこんな発言も飛び出した。フル参戦2年目の今季、「タクマ」はF1界に新風を送り込んでいる。(共同)
〔写真:F1米国グランプリの表彰式を終え、観衆に手を振る3位の佐藤琢磨(右)と優勝のM・シューマッハー(AP=共同)〕

佐藤 琢磨(さとう・たくま)
 97年に鈴鹿レーシングスクールを卒業し、翌年から英国で修業。2000年から英国F3選手権に本格参戦し、01年に日本人初の総合王座を獲得した。F1は02年にジョーダン・ホンダからフル参戦し、昨年はテストドライバーを務めた。ことしはBARホンダで2度目のF1フル参戦。27歳。東京都出身。

◆記念のGPで5位入賞-トヨタのパニス
 F1で150戦目を迎えたトヨタのパニスが5位に入賞した。「記念すべきグランプリで4ポイント獲得という素晴らしいプレゼントを得て、とても幸せだ」と今季チーム最高の成績に満足そうだった。
 前戦のカナダGPは、車両規定違反でトヨタの2台が失格。それだけに高橋敬三技術ディレクターは「パニスもスタッフも、全力を出し切って最高の結果をたたき出してくれた」と雪辱を喜んだ。(共同)

◆弟心配しながら8勝目-M・シューマッハ
 半数以上が姿を消した波乱のレースも、終わってみればM・シューマッハーの勝利で幕を閉じた。  弟のラルフが激しいクラッシュを起こし、マシンの中で動けなくなっている姿を序盤に目にしていた。それだけに「最悪のことが起きたのではないかと心配だった」と揺れた心境を吐露した。  それでも走りは乱れず、今季8勝目。「今のところひどくはないと聞いている」。レース後は弟の軽傷を伝え聞き、ほっとした様子だった(共同)

〔写真:日本人として14年ぶりに表彰台に立った佐藤琢磨(中央)は、優勝したM・シューマッハー(右)と抱き合って喜ぶ(AP=共同)〕
■鈴木亜久里氏の話 「いつ表彰台に立ってくれるのか待ち遠しかった。車の状況を見ていると、3位どころか、いつでも表彰台の真ん中に立てると思うので、残りのシーズンもぜひ頑張ってほしい」

F1年間参加日本人
ドライバー シーズン 最高位
中嶋 悟 1987~91 4位
鈴木 亜久里 1989~93、95 3位
片山 右京 1992~97 5位
井上 隆智穂 1995 8位
中野 信治 1997、98 6位
高木 虎之介 1998、99 7位
佐藤 琢磨 2002、04 3位

〔写真右:3位でゴール後、マシンの上に立って喜ぶ佐藤琢磨(AP=共同)〕
 

佐藤琢磨のF1全成績
月・日 GP 予選 決勝 チーム
2002 3月 3日 オーストラリア 22位 リタイア ジョーダン・ホンダ
3月17日 マレーシア 15位 9位 ジョーダン・ホンダ
3月31日 ブラジル 19位 9位 ジョーダン・ホンダ
4月14日 サンマリノ 14位 リタイア ジョーダン・ホンダ
4月28日 スペイン 18位 リタイア ジョーダン・ホンダ
5月12日 オーストラリア 18位 リタイア ジョーダン・ホンダ
5月26日 モナコ 16位 リタイア ジョーダン・ホンダ
6月 9日 カナダ 15位 10位 ジョーダン・ホンダ
6月23日 ヨーロッパ 14位 16位 ジョーダン・ホンダ
7月 7日 10 イギリス 14位 リタイア ジョーダン・ホンダ
7月21日 11 フランス 14位 リタイア ジョーダン・ホンダ
7月28日 12 ドイツ 12位 8位 ジョーダン・ホンダ
8月18日 13 ハンガリー 14位 10位 ジョーダン・ホンダ
9月 1日 14 ベルギー 16位 11位 ジョーダン・ホンダ
9月15日 15 イタリア 18位 12位 ジョーダン・ホンダ
9月29日 16 アメリカ 15位 11位 ジョーダン・ホンダ
10月13日 17 日 本 7位 5位 ジョーダン・ホンダ
2003 10月12日 16 日 本 13位 6位 BAR・ホンダ
2004 3月 7日 オーストラリア 7位 9位 BAR・ホンダ
3月21日 マレーシア 20位 15位 BAR・ホンダ
4月 4日 バーレーン 5位 5位 BAR・ホンダ
4月25日 サンマリノ 7位 16位 BAR・ホンダ
5月 9日 スペイン 3位 5位 BAR・ホンダ
5月23日 モナコ 7位 リタイア BAR・ホンダ
5月30日 ヨーロッパ 2位 リタイア BAR・ホンダ
6月13日 カナダ 17位 リタイア BAR・ホンダ
6月20日 アメリカ 3位 3位 BAR・ホンダ
【注】年月日は決勝日

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